FUJI ROCK FESTIVAL’23 出演&初来日決定!
Lizzo
Liner notes
音楽ライター/翻訳家。
ヒップホップ、R&B、レゲエ、くせ毛。ブラック・カルチャー/アメリカの世相、映像作品ついての記事の執筆、歌詞対訳、翻訳。著書『ニューヨーク・フーディー マンハッタン&ブルックリン レストラン・ガイド』、翻訳『カニエ・ウェスト論 《マイ・ビューティフル・ダーク・ツイステッド・ファンタジー》から読み解く奇才の肖像』など。
リゾのヒット曲で元気をもらいながら、彼女の存在意義を理解すること。それが、アメリカを先頭に刻々と変わる価値観をもハートで「わかる」ことにつながる。多様性の大切さ、といったよく耳にするけれど、実生活でどうすべきかピンとこない主張も、彼女のミュージック・ヴィデオやパフォーマンスを観ているうちに、「こういうのもアリだよね」とストン、と腑に落ちる瞬間が訪れるのだ。それも、極上のポップ・ミュージックを楽しみながら。
アメリカで世界がパンデミックから一斉に目を覚まし、音楽でも大型リリースがあいついだ2022年。ダンサブルな音楽を通して2020年代における多様性のあり方を体現するリゾは、活躍するフィールドを広げてさらに存在感を強めた。きっかけは、『リゾのビッグスター発掘(原題:Lizzo’s Watch Out Big Grrrls )』。3月25日、全8エピソードが公開された瞬間から視聴者を虜にしたリアリティ番組だ。テネシー州の大きな音楽フェス、ボナルーへの出演を目指してプラスサイズのアマチュア・ダンサーたちが共に生活する構成。10しかないスポットを13人で競う体裁だが、彼女たちが闘うのは自分自身である。セルフラヴ、自分のイメージについての葛藤を曲にしてきたリゾらしいコンセプトだ。...
そして、7月15日に4作目『スペシャル』をドロップ。2019年、シンガーソングライター/ラッパー、フルート奏者でもあるリゾは、サード・アルバム『コズ・アイ・ラヴ・ユー』で一気にスターダムに上り詰めた。2020年のグラミー賞では最優秀アルバム、最優秀レコード、最優秀楽曲、そし最優秀新人賞の主要4部門すべてにノミネートされ、最優秀アーバン・コンテポラリー・アルバムを含む3つのカテゴリー受賞する快挙を成し遂げた。じつはインディーからリリースした最初の2枚は、ストレートなヒップホップ・アルバムだった。ミシガン州デトロイトで生まれ、テキサス州ヒューストンで育った彼女の音楽的バックグラウンドはヒップホップと、10代のときにマーチ・バンドに属して担当したフルート。成人してからミネソタ州ミネアポリスに拠点を移し、生前のプリンスのアルバムにも参加している。
2016年にアトランティック・レコーズと契約、ポップ畑のプロデューサー、リッキー・リードと組んでリリースしたEP『ココナッツ』で音楽性をガラリと変えたのだ。そこから大ブレイクしたため、2019年が始まった時点で彼女は多くの人にとっては新人同様であり、4月のコーチェラで話題をさらって一気に知名度が上がった。「真実って痛いよね」(「トゥルース・ハーツ」)との赤裸々でストレートな歌詞が受け、『コズ・アイ・ラヴ・ユー』から多くのアンセムが生まれた。パンデミックで思うようにツアーに出られない辛さはリゾも味わったはずだが、どこにも行けない辛い時間を彼女の突き抜けた明るさに助けられたファンは多かった。
そして、2022年。メジャーレーベルがセットアップして売り出した最初のアルバムは順調に売れたものの、次の作品では同様の成功を収められないケースは多い。今回、リゾにも似たようなプレッシャーがあったはずだ。それを払拭するかのように、80年代のディスコ・ミュージックを取り入れた「アバウト・ダム・タイム」がバイラル・ヒット、アルバムも世代を問わず広く聴かれている。後半に入り、評価が形になって出てきた。9月5日、『リゾのビッグスター発掘』は、エミー賞で6部門にノミネートされ、リアリティ番組のコンペティション・プログラム(勝ち抜きに特化した番組)ほか2部門で最優秀賞を受賞。エミー賞は日本ではあまり馴染みがないかもしれないが、映画のアカデミー賞、音楽のグラミー賞同様、テレビの制作に関わる人たちにとってもっとも重要な賞である。続いて、11月15日にグラミー賞のノミネーションが発表された。リゾはまたしても最優秀アルバム、レコード、楽曲の主要部門3つとポップ・ソロ・パフォーマンス、ポップ・ヴォーカル・アルバムの合計5つの部門にノミネートされたのだ。そのうえ、2022年のTikTokのトップ・アーティストにまで輝いた。
音楽以外のリゾの魅力が発揮できたプラットフォームがリアリティ番組とTikTokであったのは、彼女の端的に存在意義を示唆しているだろう。TikTokの主流は、音楽に合わせて踊る動画だ。リゾの音楽性は、R&Bとヒップホップの要素、とくにサンプリングを多く取り入れたポップであり、サビ(コーラス、フック)とパンチラインがはっきりしている。TikTok では15秒間、視聴者の引き続けるキャッチーさと、踊っている側が共感しやすいメッセージが必要だ。リゾが発しているメッセージは明快。自分自身の価値を認める大切さを説き、さまざまな美の基準があるのだから、悩んでも仕方なくない? と言い切っているのだ。前者のセルフラヴはわかりやすいが、後者は子どもの頃から植え付けられた無自覚の偏見まで入るので、私たちの多くは時間をかけて理解する必要がある。
バラエティ番組が強い日本では、一般の人々がカメラの前に立つアメリカ式のリアリティ番組はあまり入ってきていないが、90年代から増え、21世紀でピークを迎えたアメリカでは新しい有名人像を打ち出した。何を隠そう、トランプ元大統領は不動産王である以上に、リアリティ番組のスターだったのだ。出演者のその後の人生に必ずしもプラスではない、という反省を踏まえて現在は極端なものは減った。『リゾのビッグスター発掘』の構成は奇を衒わず、出演者たちを不必要なまでに貶めたり、ケンカを煽ったりしないので観やすい。出演者の葛藤に共感しながら、コンサートの組み立て方など、ショービジネスの裏側が垣間見られるのもポイントだ。もし、ふくよかな人は運動が苦手なはずという思い込みがある場合、初回から打ち砕かれる。
多人種国家であるアメリカにおいて、外見の「平均」は存在しない。テレビや映画で写るよりも、大柄な人が多いのが現実だ。遺伝と子どもの頃からの食習慣で作られた体型の場合、無理な食事制限や運動で痩せようとするほうが不健康との認識が広がってもいる。ファッショナブルで明るく、自分に正直であるリゾは、古い「美人像」「イケメン像」からこぼれるほとんどの人々にとってのロール・モデルなのである。また、売れ始めた当初からリゾは、LGBTQ+のアライ(共闘し、サポートする人)としての姿勢をはっきり打ち出している。前作の「ベター・イン・カラー」、最新作の「エブリバディズ・ゲイ」はそのメッセージを強く込めた曲だ。
存在は新しいが、音楽性は王道のポップである。R&B、ヒップホップ、ディスコまで、楽譜が読めるミュージシャンらしくきちんと咀嚼してサウンドに取り入れているため、キャッチーだが軽くはない。最新作では「ガールズ」でビースティー・ボーイズを、「ブレイク・アップ・トゥワイス」でローリン・ヒルを引用、タイトル自体が「コールド・プレイ」という曲まであり、自分の音楽性を形作ったアーティストたちをオマージュしている。現在34歳になるリゾことメリッサ・ヴィヴィアン・ジェフェーソンは、TikTokでティーネイジャーを惹きつけ、ミュージシャン・シップで同世代もしくはそれ以上の年季の入った音楽リスナーを満足させる稀有なアーティストなのだ。ラップも歌もこなし、ダンス・ルーティーンあり、フルートの演奏ありと見せ場が多いパフォーマンスができる彼女は優れたエンターテイナーであり、発しているメッセージの説得力が増す。北米の日程を終え、現在はヨーロッパを回っている『ザ・スペシャル・ツアー』は各地のアリーナを回っている。いまのところ、日本が日程に入っていないのは残念だが、そのうち来日が叶うはずだ。