今回のアルバムの制作はどういうところから進んでいったんでしょうか?
須田:もともと2020年2月から『須田景凪 TOUR 2020 はるどなり』という全国ツアーを回る予定だったんですね。それが終わって6月から7月頃にアルバムを作ろうという話で動いていました。でも、コロナのことがあってツアーも中止になってしまい、レコーディングもできない状態が続いていて。それどころか、今年の3月くらいから世界全体の状況が大きく変わってしまって、そこで最初に思い浮かべていたコンセプトをもう一度考え直さなきゃいけないと思ったんです。コロナのことがあったからこそ、SNSを見ていても、いろんな価値観が改めて表に出てきている。いろんな人がいろんな価値観を見直すことになっている。自分も家にいるときにそういうことを考えざるを得なくて。その中で一番しっくりきたタイトルが『Billow』だったんです。「渦を巻く」という意味なんですけど、今は、いろんな状況の中で、いろんな考え方が渦を巻いている状態じゃないですか。そういうところで、今、形にできるアルバムはこういうものになると思って作っていきました。
コロナ禍以前で考えていたイメージというのは、どういうものだったんでしょう?
須田:それも漠然としたものにはなっちゃうんですけど。これまでにリリースした曲も入れつつ、その時点ではもっと暗い曲、残酷なものとまでは言わないですけど、すごくネガティブが強い曲も書いていました。明暗問わず、いろんな表情を集めようと思って曲を書いていましたね。
2020年は全ての人がいろんな価値観や生活を見直す一年になったと思うんですが、特にステージに立つ人、音楽に関わる人にとって、影響はとても大きかったと思います。須田さんご自身はどういうことを考えましたか。
須田:本当に沢山あるんですけど、音楽が“不要不急”だと言われてしまったことに対して、悲しさとか怒りと言うよりも、ちょっとした虚しさを感じざるを得なかったのはあります。自分はこれまで基本的にあまりライブはしなくて、音源を作ってインターネットを介して世に放つことが多かった。だからこそ、自分の中でライブは特別なものになってきていたんです。あの空間がどこよりも密な空間であるので仕方ないのはわかってるんですけど、沢山の人が予定を入れて一つの場所に集まって、そこで表現するということが失われてしまった。自分はその頃には制作とライブの準備くらいしかしていなかったんですけど、いざライブがなくなってしまって、制作以外には何かを考えることくらいしかやることがなくなった。でも時間は過ぎていくわけで、だったら今だから書けるものもあるし、自分の中でビルドアップできるものが必ずあると思った。それに深くのめり込んでいました。
アルバムを作っていく中でコンセプトを考え直したとおっしゃいましたが、そこから最初にできた曲はどれでしょうか?
須田:たしか「飛花」だと思います。聴いた人の解釈におまかせはするんですが、この曲はコロナの影響を受けて、コロナに関して思うことを根底に持って書いた曲です。いろんなものが崩れてしまって、いろいろなことを考え直す必要があった。その考えを全て詰め込もうと思って書きました。意思表明のような位置づけになったかもしれないと思います。
この曲には「あなた」という二人称の言葉が多く出てくるのが印象的ですね。
須田:特に意識して「あなた」という二人称を使おうと思ったわけではないんですけど、自然に、その時並べた言葉の中でハマったのが「あなた」でした。コロナの影響で、人との精神的な距離感を改めて見直す時間になったと思っているんです。「なるべく会わないようにしましょう」だとか「離れて喋りましょう」だとか、そういうことを言われる風潮になって、そのことで、より一層「あの人は何をしてるんだろう?」と、自分の身の回りの人や、今まではあまり考えていなかった相手のことを思う時間が増えました。そういうところから来てるのかなと思います。
「刹那の渦」に関してはどうでしょうか。アルバムのタイトルに通じる意味を持つ曲名でもありますが。
須田:「刹那の渦」に関しては、「飛花」よりも冷静にアルバム全体やいろんな状況を俯瞰で見ながら書いた気がします。表題曲と言っていいかはわからないですけど、すごく意味のある曲だと思います。「飛花」の時は、なるべくそういう感情は入れ過ぎないようにしていたんですけど、結果としてどうしても「この世界が悪い方向に変わってしまっていることがすごく悲しい」みたいな気持ちが含まれていたかもしれなくて。「刹那の渦」に関しては、いつか状況が落ち着いた時に今の状況が思い出になることを願っているようなところがあると思います。渦中が過ぎたあとに聴いたら意味があるんじゃないかなと思って書きました。
他にも手応えのあった曲、アルバムの全体像が見えてくるきっかけになったような曲をあげるならば?
須田:個人的には「Vanilla」や「風の姿」は、今だからこそ書けた曲だと思っています。これは昔だったら書けなかった気がします。
「Vanilla」はサウンドメイキングについても、とても挑戦的な曲ですね。この曲を作った経緯、これを1曲目に置いたことについてはどうでしょうか。
須田:この曲のサウンドについては、いわゆるバンドサウンドから入って、途中で音像も全部変わって隙間のあるアレンジになるんですけど、これは単純に前からすごくやってみたかったことなんです。でも、以前の自分だったらここまで振り切ったものはできなかったと思います。曲作りに向かう時間が増えたことで、自分の中でも考え方が変わったと思っていて。というのも、今回のアルバムで最後に書いた曲が「Vanilla」だったんです。それ以外の曲が全部出来て、アルバムを聴き直してみて、どういうものを最後に入れたいかと思って作った曲で。この曲は「仮に酷い世界だとしても、生きていかなければならない」ということを歌っているんですけど、それが自分の音楽に必要な言葉だと思ったし、しかもそれを1曲目に置くということにも自分の中では意味がある。そういった意味での思い入れはすごくある曲です。意識をしたわけではないですけど、結果的にまとめのようなものになった気はします。
「風の姿」に関してはどうでしょうか。スローテンポで低音に迫力と存在感のある曲ですが、これはどういう手応えがありましたか?
須田:こういうタイプの曲には前からもっとチャレンジしたいなと思っていて。というのも、前回『porte』というEPを出した時に「青嵐」という曲を作ったんですけど、「青嵐」はそこまでドープな曲ではないんですけれど、自分の中ではいつもと違う音楽が出来た気がしていて。それはただの遊び心から始まっていたんです。今回のアルバムでは「MUG」が一番好き勝手やってる曲なんですけど、「風の姿」もそうで“静かにうるさい”感じは今まで自分の中では勇気がなくてやれなかった。本当はシンバルとかギターを入れてもっとうるさいものにしたほうがハッとしたものにはなるんですけど、でもこういった形で完成させてみたかった。昔からやりたかったことなんですけど、それが今の時点で一番形になったものだと思います。
「メメント」に関してはどうでしょうか。この曲もドープな響きを持った挑戦的な曲だと思います。
須田:「メメント」はすごく前、それこそ『teeter』を作る直前ぐらいに書いていた曲で。でも、当時は自分の技術不足で世には出せなかったものを、ゼロから構成し直して作り直したんです。「風の姿」とか「メメント」みたいな、すごく深いところに潜っていくような曲を以前は沢山書いていたんですけど、ふと振り返ったときに「最近、そういう曲書いてないな」と思って。昔よりもちゃんと振り切ってそういう曲を作ってみようという気持ちから書きました。
「MOIL」や「Alba」のように、アルバムにはタイアップという機会で他者との交わりによって生まれた須田さんの一面、新たに開けた部分を象徴するような曲も多く入っていますよね。そのぶん、深く潜るようなタイプの曲はより振り切って作るようになったということでしょうか。
須田:確かにそうかもしれないですね。振り切りがちだと思います。
ラストの「ゆるる」は、アルバムの中でも大事な一曲になっていると思います。映画『名も無き世界のエンドロール』の主題歌として書き下ろされた曲ですが、これはどういう風にして作っていったんでしょうか。
須田:今年の6月頃に映画の話をいただいて。本編の映像を見させていただいたんですけど、全体を通して不思議な寂寞感を感じたんです。冒頭から最後までずっと寂しさみたいなものが漂っている映画だという印象があった。監督と打ち合わせをした時にも、まさにそこを音楽として作ってほしいと言っていただいて、そこから書き始めました。
この曲は映画のエンドロールに流れる曲でありつつ、『Billow』というアルバムの着地点にもなっている感じがします。須田さんの中ではどんな位置づけにありますか。
須田:「ゆるる」に関しては、作品を意識しすぎないというか、結果的に相乗効果になればいいと思って、作品と同様のテーマで自分が別の創作をするようなイメージで作ったところがあります。映画の内容やキャラクターどうこうではなくて、その雰囲気や背負っているものというか、ぽっかり穴があいた感覚、心に穴が開いてしまった虚しい感覚という、漠然としたテーマから作っていきました。最近の開けた部分と自分の中での振り切った部分のちょうど中間にいてくれる曲になったなと思います。
映画に対してのコメントで「小さな傷が大きな渦になっていくような感覚を覚えた」と仰っていましたよね。これはもちろん映画に対して感じたものでもあると思うんですが、それと同時にアルバムを象徴するような言葉でもあると思うんです。そのあたりはどうでしょうか?
須田:そうですね。冒頭の話に近いことになっちゃうかもしれないですけど、今、現時点の世界の状況が、とてつもない広さで莫大な被害になっていますよね。最初はどこかで小さなウイルスが何かをしたらしいくらいに、自分を含めて全員が思っていたと思うんです。それが結果として大変なことになってしまった。いつの時も、悲しいことだったり、楽しいことだったりのきっかけってすごく些細なものだと思うんです。でも、やっぱりどんな物事にも、最初の何かが生まれる瞬間や原因がある。そういうことを書いている曲が以前から多いかもしれないです。
この曲の歌詞には「魔物にでも獣にでもなろう」というフレーズがありますよね。この言葉がすごく印象的だったんです。というのは、たとえば他の曲にも「獣」という言葉や、「牙」や「爪」といったモチーフが点在している。これはどういう由来なんでしょうか。
須田:昔から少しずつ使っているモチーフではあるんですけど、2016年くらいからずっと思ってることがあって。自分はもともと、根本的なところで「常識を持っていなければならない」とか「いい人でなければならない」とか「誠実でなければならない」とか、いわゆる素晴らしい人間像みたいなものに対しての疑いのようなものを抱えて生きてきた気がするんです。果たしてそれが正義なのか、と。2016年の頃は主にVOCALOIDを軸に活動していたんですけど、その時はまだ事務所にも所属しなかったし、一人きりで活動していて、仕事も少しずつもらえるようになって。自分の中でキャパがいっぱいになって、人生で初めてぐらい肉体的にも精神的にも限界を迎えてしまった時があった。その時にすごく思ったことで、いろんなものを我慢したり、正しさのもとで生きていったり、いわゆる一般的な人間らしさみたいなことを考えていたら、自分は生きていけないなと考えたことを今でも覚えているんです。自分の中では、命の在り方として、獣のような生き方が一番美しいなと思うんです。ただ単に好きなことをやっているという意味ではなく、自分の信じるものに従順に、本能のままに生きるというか。そういうことをしようと決めたことを今でも覚えていて、自分の中で使う「獣」という言葉は、そういうイメージを持つものが多いんです。本当に大切な何かがあったら、人目なんて気にしていられないというか。そういう意味が含まれている言葉です。
もう一つ、「飛花」もそうですけど、「花」という言葉もいろんな曲で出てきますね。
須田:これも昔から使っている言葉ですね。「僕」とか「あなた」くらいの当たり前のモチーフとして自分の中で使っているようなところがあります。「花」に対して、何か特別な記憶や思い出があると言うと、正直何もなくて。でも、いろんな表現の仕方として「花」という言葉に背負ってもらうことで伝わりやすいことがある気がしています。枯れてしまったものへの愛おしさだったり、咲き誇っている時の美しさであったり、雨に打たれている姿であったり、人間と同じような力を持つモチーフなのかと思っています。それに、誰でも知っている言葉だし、普遍的なものでもあります。なんでこんなに思い入れがあるのかは自分でもわからないんですけど。
もうひとつ、アルバム全編には「あなた」や「君」というフレーズが多く歌われています。近い距離で一緒にいる「あなた」というよりも、遠くにいて焦がれている、失ってしまった関係としての「あなた」が描かれている。コロナ禍で作られたということももちろんですが、そういう喪失に対してのアルバムっていう捉え方もできると思います。
須田:そうかもしれないですね。
「あなた」という言葉を用いた曲が多くなる理由についてはどうでしょうか。
須田:人は一人では生きていけないという、本当にそれだけだと思います。自分にしても、聴いてくれる人がいなかったら音楽をやれてはいない。もちろん自分の作りたいものを自分の好きなように作っているし、こうやって制作しているので基本的に一人の時間が多いんですけれど、一人だったら生きていけないなというのは常に思っています。生命体としては一人で生きていけるとしても、人間らしく、形を変えて生きていく上では一人じゃ絶対に生きていけない。そういう思想は昔からありますね。
「welp」は、香取慎吾さんに提供した楽曲のセルフカバーですが、これはどのようにして作っていったんでしょうか?
須田:実際にお会いさせていただいて、どんな曲にしましょうかというお話をしてから、曲のベースになるものをまずは自分が作らせてもらったんです。そうして2回目くらいの打ち合わせで香取さんと話した時に、もちろん周りにスタッフもいるわけなんですけど、香取さんが「二人で話そう」って言って別の場所に連れていってくれて。ソファーもあったのになぜか二人とも地面に座って「どういう表現方法にしよう」ということを喋っていたのを覚えています。今振り返ると、すごく好き勝手やらせていただいたと思います。自分が小学生の頃からいわゆるポップ・ミュージックの象徴みたいなところで歌っている人に自分が音楽を作って、それを歌ってもらえたっていうことは、すごく感慨深いもので。それを達成できたことの嬉しさは、その瞬間から今に至るまで何も変わってないです。
曲名の「welp」っていう単語はどういうところから生まれたんでしょうか?
須田:「welp」は英語のスラングで、「うわ!」とか「あらあら、おやおや」みたいな意味で使われる言葉なんですけど。香取さんって、一人の時間なんてあるのだろうかって思うくらい忙しい方ですし、幼少の時からそれが当たり前の人生だった。自分には想像しきれないですけど、自分の価値観でそういう生活や人生に対する考え方とか言葉を自分なりに想像して音と言葉にした曲ですね。
「迷鳥」についてはどうでしょうか?
須田:この曲はコロナ関係なく、ある時期によく考えていたことで。「粧した暮らしがあるなら 変わらない暇はどうしてでしょう」という歌詞もあるんですけど、一見、この仕事はある程度キラキラして見えるものかもしれないけど、蓋を開けたらそんなことはない。たまに社会と隔離されている感覚すらあって。それでもこの暮らしの中で生きていかなければならないし、それすらもどんどん過去になっていく。その中でいろんなネガティブなものもある。それこそ誰かの痛みを際限なく背負っていたら、自分が生きていられなくなる。その取捨選択を間違えてはならないということも考えていた時期があった。ふさわしい傷だけ背負うべきだと思った。そのことを一番書きたかった曲です。
アルバムの中ではダークで閉塞感のある曲も多いですが、「色に出ず」という曲は少しテイストが違う、日常に近い感じがしました。これについてはどうでしょうか。
須田:出発点として、すごくポップなものを書きたいというのがありました。自分があんまりやらなそうな明るくて少し可愛いサウンドの曲を作ってみたいという。この曲については、そもそも昔から背負っている自分の思想がもろに出たのかなと思います。さっきの話と繋がりますけど、過去に身近にいた、その時々で大事にしていた人たち、いろんな歳月が経って、環境も変わって、今では連絡先も知らないような、かつての大事な人たちが、今はどんな景色を見て何をしているのか。そういうことを考えながら書いた曲ですね。
アートワークについても聴かせてください。今回のアルバムではアボガド6さんが全曲のイラストを書いているわけですが、これはどういうところから生まれたアイディアだったんでしょうか。
須田:そもそも、この『Billow』というタイトルの通り、いろんな思想やいろんな価値観を曲にしようと思って書いたアルバムなので、ひとつの曲に対して一つのキャラクターを描いていただいたんです。今回のテーマとして、同じ物事にもいろんな捉え方があるというものがあって。ブックレットのアートワークでは1曲ごとにキャラクターのイラストがあるんです。ある動物とある物体が合体して新しい生物になっていたりするような、いろんなモチーフを二人で話し合いをしながら描いてもらっていって。で、デザイナーさんにお願いして、ジャケットはその15体を全て一つにして渦にしてもらいました。それがジャケットとして一番あるべき形だと思って作ってもらいました。
パッケージについてもこだわりを込めたものになっている。
須田:そうですね。今はあまりCDを買う時代じゃなくなってきたし、自分もサブスクで音楽を聴くことが多くなってきて。そういうことはもちろんわかっているんですけれど、だからこそモノとして手にとった時の満たされ方を大事にしたい。いまだに自分は大好きなアーティストの作品はパッケージで買うんですけど、やっぱりちゃんと質量を持って、そこに存在してくれるのって嬉しいんですよね。きっと、アボガド6さんのアートワークを見ることによって腹に落ちる部分があると思うので、一緒に見ながら聴いてもらえれば、もっと楽しめると思います。